「経営戦略とルールメイキング」講演録
「技術で勝ってルールで負ける」。優れた技術や製品を持ちながら市場で勝てない原因の一つが、ルールメイキングへの取り組み不足にあると言われます。早稲田大学ビジネススクール樋原伸彦准教授のゼミでの講演から、なぜ今ルールメイキングが重要なのか、経営戦略にどう組み込むべきかを解説します。
「技術で勝ってルールで負ける」、この言葉を聞いたことがあるでしょうか。
優れた技術や製品を持ちながら、市場で勝てない日本企業。その原因の一つが、ルールメイキングへの取り組み不足にあると言われます。実際、日本企業でルールメイキングに積極的に取り組んでいるのは、わずか5%に過ぎません。
しかし、規制を変えることで全く新しい市場を創造し、巨大なビジネスを築いた企業もあります。ルールは「守るもの」から「作るもの」へ、この発想の転換がこれからの経営戦略には不可欠です。
先日、早稲田大学ビジネススクールの樋原伸彦准教授のゼミにて、「ルールメイキングと経営戦略」について講演させていただきました。本記事では、その内容から、なぜ今ルールメイキングが重要なのか、そして経営戦略にどう組み込むべきかを解説します。
ルールメイキングの歴史と現状
ルールメイキング発展の経緯
ルールメイキングは最近急に注目され始めたように見えるかもしれませんが、過去に出版された書籍を見てみると、15年ほど前から頻繁に取り上げられていることがわかります。
たとえば、2011年には「パブリック・アフェアーズ戦略」という書籍が出版され、その後、定期的にルールメイキングに関する書籍が出版されています。
ルールメイキングの盛り上がりは様々な文脈から成り立っています。
たとえば、規制緩和のために世論形成が必須の業界において、PR会社が世論形成からルール形成までの一貫した支援サービスを提供し始めたことが挙げられると思います。
また、別の文脈では、日本企業、特に製造業が国際展開する中で「技術で勝ってルールで負ける」という言葉が聞かれるようになり、経済産業省が日本企業の国際競争力向上を目的として、ルールメイキングの重要性を訴え始めました。
そして、2010年代には、「ソフトウェアが世界を食い尽くす」という言葉が生まれたように、ソフトウェア系スタートアップが急増しました。これらの企業は、既存の法規制では想定されていない新しいビジネスモデルを展開しており、規制緩和や新たなルール作りが不可欠でした。たとえば、Airbnbはホテルと実質的に同じサービスを提供していますが、既存のホテルの規制ではこの新しいビジネスモデルに対応できませんでした。そのため、新たなルールを作る必要があったのです。
現在では、PR会社、法律事務所、ロビイスト、国際規格の専門家など、様々なバックグラウンドを持つプレイヤーがルールメイキングの分野に参入しています。全体像を捉えにくい状況ではありますが、確実に市場は拡大しています。
日本企業の取り組み状況
経済産業省の資料によると、日本企業でルールメイキングに積極的に取り組んでいるのはわずか約5%です。一方で、60%程度の企業は「ルールに適合していくべき」という受動的な姿勢を示しています。この数字は、日本企業がまだルールメイキングを戦略的に活用できていないことを示しています。
法務機能の進化:ガーディアンからクリエイターへ
経済産業省は、企業の法務機能のあり方について重要な提言を行っています。従来の法務部門は、事業が法律から逸脱しないようにする「ガーディアン機能」、つまりコンプライアンスが中心でした。
しかし、戦略的な法務部門には「クリエーション機能」も必要です。経営や事業でやりたいことが既存のルールではできない場合、そのルールを変えていく、あるいは新しいルールを作っていくという発想が重要です。
経済産業省経済産業政策局競争環境整備室「法務機能の実装の強化及び法務人材の育成に向けた方策〈国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会 報告書〉」(令和元年8月30日)9頁
ルールの定義と分類
ここまでルールメイキングの現状について話してきましたが、そもそもルールとは何でしょうか。
厳密な定義はありませんが、実務家一般の認識としては、経済産業省の資料が参考になります。
経済産業省「ルール形成型 市場創出の実践に向けて「市場形成ガイダンス」」
まず、国が作る法律や政令などの「規制」があります。次に、ISOなどの国際規格などの「規格・標準」、そして業界団体や企業が独自に作る「民間認証」があります。
また、ハーバードビジネスレビューでは、さらに広い視点でルールを捉えています。政府による「レギュレーション(規制)」、民間団体等が作る規格・標準である「スタンダード(規格・標準)」、そして文書化されていないが、守らないと社会的制裁を受ける暗黙の社会的・文化的なルールである「ノーム(規範)」です。
今回は主に「レギュレーション(規制)」に焦点を当てますが、企業の行動が縛られるものすべてを管理対象とすれば、ルールの範囲は広めに捉える必要があります。
経営戦略におけるルールメイキングの位置づけ
経営戦略を考える際によく使われる3C分析(Customer、Company、Competitor)は、市場(マーケット)領域での競争を分析するフレームワークです。しかし、その外側にある非市場領域も同様に重要です。
非市場領域には、政府、規制当局、メディア、NGOなどのステークホルダーが存在し、これらとの関係やルールをどうマネジメントするかが企業の成功を左右します。
1995年、スタンフォード大学の経済学者であるDavid P Baron氏が提唱した「統合戦略」は、市場戦略と非市場戦略を統合して考えることの重要性を説いています。
企業の戦略を考えるとき、上段のミッション・ビジョンから、事業ポートフォリオをどうするかといった全社戦略、事業ごとの事業戦略とあり、いわゆる競争戦略やマーケティング戦略が、この事業戦略、市場戦略の部分に該当します。
しかし、事業戦略の要素には、本来は市場領域以外の戦略も含まれるべきで、この部分に注目したのが非市場戦略です。市場戦略・非市場戦略を統合したものが統合戦略であり、本来の事業戦略と言えます。
多くの企業では、この非市場戦略の部分が抜け落ちているのではないでしょうか。
海外MBAでの教育事例
海外のビジネススクールでは、すでにこの分野の教育が進んでいます。たとえば、UCLAでは「Advanced Strategy」コースで非市場領域を専門的に扱い、ハーバードでは1年目の必修科目「Business, Government and the International Economy (BGIE)」で、企業がビジネスを行う際の最も重要な基盤である「資本主義」という制度の前提となる政府や国際経済の仕組みについて学習することになっています。
実証研究による裏付け
アメリカでの実証分析によると、CPA(Corporate Political Activity:企業の政治的活動)とCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)を合わせた非市場戦略は、企業業績にポジティブな影響を与えることが統計的に証明されています。
日本ではアカデミックな実証分析の結果は見当たりませんが、経済産業省の調査では、ルール形成に取り組んでいる企業の方が売上高の伸びが高いという結果が出ています。
経済産業省HP「市場形成力 新たな市場創出を目的として、ルール形成を実践しませんか。」
成長力の向上:新市場創造のためのルールメイキング
経営戦略において、ルールメイキングは主に「成長力の向上」と「収益力の向上」という2つの観点から活用できます。
新規事業創造や海外展開において、新しい市場を作る際にはルールづくりが不可欠になることがあります。
たとえば、AirbnbやLuupの例が考えられます。これらの企業は、規制緩和によって今まで存在しなかった市場を創出しました。
Airbnbは、既存の法律が適用されるか曖昧な状況で事業を展開しながら、同時にルールを作っていく戦略を取りました。一方、日本のLuupは、規制の特例制度を活用し、実証実験を重ねながら段階的に規制緩和を進めるアプローチを採用しました。
これらはルールメイキングに成功した事例として取り上げられることがよくありますが、重要なのは規制緩和して市場を作るだけではなく、同時に競争優位性をどのように構築するかです。
新しい市場が開かれれば、大手企業も参入してくる可能性があります。そのため、先行者として優位性を築く必要があります。
たとえば、プラットフォームビジネスであれば、利用者と提供者のネットワーク外部性を構築したり、強力なブランド認知を確立したりすることで、参入障壁・模倣障壁を構築することが重要です。
また、Luupが駅前のポート設置場所を押さえたように、後発企業が参入しにくい物理的なボトルネックを作ることも有効な戦略となります。
このように、ルールメイキングを単体として考えるのではなく、事業戦略を一体として考え、統合的な戦略を構築することが非常に重要と言えます。
収益力の向上:業界構造の変革
2つ目の収益力の向上の観点では、ルールにより業界構造を変革し、競争圧力を変更することが考えられます。
この観点では、マイケル・ポーターの「5 Forces」というフレームワークが有名ですが、近年では「補完財」を加えた6つの要素から業界構造を分析することが提唱されているようです。
では、ルールにより競争要因をどのように変更することができるのでしょうか。
最近の事例として、アプリストアの規制を挙げることができます。アプリストアと各アプリは「補完財」の関係にあり、消費者から得られた利益をどのように分け合うかという問題があります。
アプリストアは寡占状態にあり、アプリ開発者の売上の約30%を手数料として徴収していました。業界構造的に見ると、2社しかいないプラットフォーマーと、無数に存在するアプリ開発者という非対称な力関係が存在しています。
この状況に対して、欧州ではデジタル市場法(DMA)、日本ではスマートフォンソフトウェア競争促進法が制定され、代替的なアプリストアの参入が目指されました。これにより競争が促進され、手数料率の低下が期待されています。これは、プラットフォーマーから見れば規制強化ですが、アプリ開発者から見れば収益性向上のチャンスとなります。
マイケル・ポーターも著書「競争の戦略」の中で、政府の規制は「5 Forces」そのものではないが、それらに影響を与える重要な要素だと述べています。規制は、ライセンス制度などによる新規参入の制限、顧客の移動を容易にする、または困難にする規制など、様々な形で競争環境に影響を与えます。
たとえば、かつて総務省が進めた携帯電話のナンバーポータビリティやSIMロック解除は、キャリアからすれば顧客ロックインがしづらくなりスイッチングコストが低下しますが、新規参入や既存事業者間の競争を促進するものであり、これによって業界プレイヤーの収益ポテンシャルは大きく変わったものと思われます。
実践に向けて
本記事では、セミナー前半部分にお話した、ルールメイキングの重要性と経営戦略における位置づけについて解説しました。
しかし、実際にルールメイキングを進めるには、以下のような実践的な課題に直面すると思います。
- どのようなプロセスで政策形成に関わっていけばよいのか?
- 社内にどのような体制を構築すべきか?
- ステークホルダーとの関係をどう構築するか?
弊社では、企業のルールメイキング戦略の立案から実行支援まで、包括的なサポートを提供しています。詳しく知りたい方は、お気軽にお問い合わせください。